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雑誌掲載文再録


創造性開発講座第44回、「新技術・新商品開発の視点」第2回

~自社の持つコア技術を活用する~

<ダイヤモンド社R&Dマネジメント誌の平成13年2月号に掲載>


飯田清人


コア技術を活用したビジネス展開

多くの企業が経営の安定化のために新しい分野のビジネス展開や事業の再構築、社内ベンチャーによる新ビジネスモデルを取り込んだ新商品開発などを進めている。そういった活動において最も好ましいものは、自社の持つ基盤技術やコア技術との関連性の高い技術を活用できる新商品開発であり、従来にない新しい市場分野を創造し、他社に先駆けてその分野に進出することが成功の秘訣である。

こういった自社のコア技術を活用した新ビジネスのメリットは、

1、自社の持つ強い基盤技術を活用できる

2、自社の持つ専門性の高い人材を活用できる

3、既存分野の市場情報や技術情報を得やすく、その応用がし易い

などである。


ここでは鉄鋼業から別の分野に進出したNKKと新日鉄の事例をみてみよう。

NKKの海洋ビジネス展開は自社の持つコア技術を組み替えて新分野に進出した例である。NKKはもともと鉄鋼と造船技術が得意な歴史ある企業であるが、事業環境の変化から多角化が必要となり、様々な分野への進出を試みた。例えば食品事業などの自社の専門以外の分野にも進出を試みたが、そこには長年それを専門とする先行企業がおり、そういった企業と対抗して新事業を成功させることは非常に難しいことであった。

悩める造船軍団が様々な失敗の後に変身した逆転の発想は、あくまで自社の得意分野を活かし、それをベースとした分野へ特化した事業への進出であった。それはこれまで培った得意分野である造船技術をベースにした、既存の技術からの応用による新しい技術開発であり、その流れに沿って海洋エンジニアリング開発から遊空間エンジニアリング開発へと進出していったのである。


造船技術は海に関係しており、海の波に関する技術にはかなりの研究蓄積があった。そこで

自然界の波を人工的に創り出すことを試み、サーフィン用のプール、「ブルービーチ」を開発した。それはサーフィン愛好家にとっては、季節や天候に関係なく、室内でサーフィンができる格好の場であり、新しいマーケット創造をなしたわけである。東京、池袋の豊島園のウォ-タースライダー「ハイドロポリス」や横浜の「ワイド・ブルー・ヨコハマ」などにその技術を導入した。

他にも南極観測船を建造した経験を持っていたことから、雪と氷に関する技術に強いという特徴を活かして、自然に近い雪を造る技術を徹底的に研究し、自然に近い粉雪を降らす技術を確立した。それは千葉県、船橋市の人工スキー場、「ザウス」に導入された。


新しい分野への進出といっても、他社の成功を真似て、ただやみ雲に自社の専門外の分野に進出しても成功はおぼつかない。この例のように、他社がまだ始めていない新しい市場分野に対して、自社の持つ得意技術を応用していくことが必要であり、それによって先行企業としての創業者利益を確実に享受することができるわけである。


新日鉄の多角化は主たる鉄鋼事業との関連の強さによって、「近鉄」、「遠鉄」および「超鉄」などに分けて考えられているようであるが、それらの事業経緯をみると、「近鉄」と思われる新事業が比較的順調である。

つまりこれは自社の持つコア技術を活用している新事業が成功しているということであり、具体的には、製鉄所の建設や工程管理技術から派生した事業である。環境や水処理プラントエンジニアリング事業、IT関連事業などがそれである。


新日鉄は従来から製鉄所の建設技術や廃棄処理技術等に強い技術力を持っていた。それらの技術を活用した事業は、すでに連結ベースで売り上げの約13%を占め、鉄鋼に次ぐ第2の柱に成長している。また音楽配信サービスやIT関連の事業は、製鉄設備を24時間コントロールするための優れた情報技術から派生したものである。これも鉄鋼事業の周辺技術分野であり、このエレクトロニクス・情報通信関連事業は売り上げのおよそ5%に育ってきている。

IT関連は例えば、1999年の12月にスタートしたソニー・ミュージックエンターテインメント向けの音楽ダウンロードのための情報システムや、カジュアル衣料品店であるユニクロにおける資材調達から在庫管理、生産管理などに関する一連の生産システムなどに関与している。


一方、1993年に進出した半導体製造関連事業は、鉄と同じような単一素材であるシリコンに関係してはいるものの、シリコンと鉄とは技術的にはまったく異なったものであり、また事業の性質も異なり、これはむしろ「近鉄」ではなく「超鉄」の部類に属する新規事業であったといえる。

半導体事業は好不況の波が大きく、独特のシリコンサイクルなどがある。またウェーハの大型化による1000億円オーダーの設備投資の投入タイミングなど、経営の舵取りが通常の事業以上に難しい事業である。新日鉄はこういった大きな事業環境の変化に耐えられず、結局この事業展開は1999年におよそ1200億円の損失を計上して撤退の憂き目をみている。

このように新規事業への参入や経営の多角化の成功は、自社の持つ強いコア技術をどのように活用するかにかかっている。手馴れたコア技術や人材を活用した新分野の開拓が必要になる。


技術シーズを展開して創造の芽を開花


次にスリーエムのコア技術活用例をみてみよう。スリーエムは従来技術から派生する新商品の開発で目立った動きをしており、一つのコア技術に対して、数百から1000品種にもおよぶ新商品を開発している。そのコア技術の一つに不織布技術がある。

不織布技術とは繊維を織って布にするのではなく、様々な太さの繊維を様々な密度で絡み合わせることによって布地とし、役に立つユニークな新しい機能を創り出すものである。 スリーエムは不織布の商品開発のためのアイデア発想の視点として、

1、 極細の繊維を混ぜる

2、 太い繊維を混ぜる

3、 混ぜた繊維に何かの仕掛けをする

という3つのアプローチから様々な商品開発の狙いを決めて商品開発をしている。そういった商品展開の仕方によって、液体をこすフィルターやほこりを吸う布、断熱・保温・吸音などのできる素材などの様々な新商品が開発されている。

図表1にアイデア発想の視点と商品開発の狙いによるスリーエムの不織布の商品展開を示す。



その基本となるものが「スコッチブライト」と呼ばれる研磨剤である。これは不織布の繊維に研磨剤を混入させることによって金属や木材などの表面仕上げ用に開発されたものであるが、これが家庭用のナイロンたわしに発展し、なべやフライパンの汚れ落しなどに使われ大ヒット商品になった。

この不織布技術を使っての新商品展開の初期には、女性用のブラジャー・カップの製造を試みたという。これはブラジャーのつなぎ目をなくすために、この技術が使えないものかとの観点から開発が始まったものであった。

しかしこれは失敗に終わったが、その研究の過程で、形状がブラジャー・カップと同じような、医者が使う手術用マスクの製造が考えられ、この開発が成功した。その後この技術は防塵マスクや防毒マスクに発展し、空気や煙から毒性のある粉塵や蒸気を遮蔽するマスクとして世界中で使われている。


このスリーエムの新商品展開のやり方は、自社の持つコア技術に関係した基本となる従来商品を取り上げ、その機能分析や機能展開、製造方法などをベースにして、新しい目的を持った新商品の開発が可能かどうかを検討している。

そこでは、その目的を達成させるために、従来とは別の観点からのアイデア発想を求め、異なった材料を使ったり、連想や逆さ発想、付加する視点や組み合わせ発想といった具体的なアイデア発想手法によって、新商品を創出していくというものである。

そういったアイデアの具体化のために、前月号で述べたような15%ルールやブートレッギングなど、技術者や研究者の自由な活動を奨励し支援する企業風土が大きく役立っているのである。




ビジネス発想術 第48回

「友好関係構築の原則(3) ~共通の認識と話題を持つ~

<ビジネスサポート誌の平成14年10月号に掲載>


飯田清人


共通の認識と話題を持つ


ビジネスにおいて、特に営業関係の仕事をする場合など、顧客と友達となり、良い友好関係を築くことほど大切なことはありません。これは売り手と買い手という金銭にからんだ関係ではなく、心と心で結ばれた関係を意味しています。

商品売買という金銭だけでつながった関係はとても脆いものです。金銭を超えた、信頼し合えるお互いの友好関係を得ることによって、長期にわたる取引を存続させることができます。

人間は誰でも、その人と共通のものがあると相手に対して親しみが湧いてきます。初めて会った人と打ち解けるためには、話題の中から自分との共通点を探す努力をするとよいでしょう。話をしていくうちに、同じ趣味を持っていたり、出身が同じであったり、近所にお互いが住んでいるなどといった共通点が見つかるものです。


営業活動などで見知らぬ人と接触するようなときには、まず相手に話させ、こちらが聴く側に回るようにすることが大切です。相手の話を聴き、相手と自分との共通点を探し出すことによって話の糸口が出てくるわけです。そういった共通点をきっかけにして、何度か話をしているうちに、お互いの信頼関係が生まれてきます。

チームプレーで組織的に行う活動などがうまくいくのは、そのチームの目的と各々の役割分担が明確であり、同じ目標に向かってベクトルが合った時です。仲間意識が芽生えてくると、苦楽を共にして一緒に協力し合おうというチームとしての和ができてきます。 またお互いの共通した認識があれば、お互いを許し合うことができるようになってきます。


同じことをする


先のサッカー・ワールドカップ大会などのサポーターに見るまでもなく、趣味やスポーツのグループではユニホームを制定して、それを着て活動する事が多いでしょう。若い人たちは同じものを着用したり、同じ様な言葉使いをして仲間意識を保っています。

世の中のファッションやデザインなどの流行も、実はこの仲間意識の表現の一つです。他の人と同じものを身につけたり、同じことをやっていると、時代の流れの中に自分もいることが確認でき、精神的にも気楽になれるのです。


幕末の変動期に大久保利通は、ある重要人物と親しくなるために、それまでは嫌いだった「囲碁」を習い始めました。それはその相手が「囲碁」が好きだったからです。同じ趣味を通して人とのコミュニケーションの機会を作り、相手と心を割って話ができるように、自分からその環境をつくっていったわけです。現代いえば、下手なゴルフを始めたようなものでしょう。

家庭における夫婦の問題などにしても、夫婦が同じ趣味を持っていると一緒に話たり行動したりすることが多くなり、お互いのコミュニュケーションがよくなってきます。一緒にテニスをしたり、野山にハイキングに出かけたりすると、こういった機会を通して、普段話せないようなことも気楽に話す機会ができてきます。


最近、中高年になってからの離婚などが増えているのは残念なことですが、中高年になってこそ、本当はお互いの存在が必要になるはずです。妻は妻、俺は俺といった感じで、若い頃に比べて、お互いの会話と一緒の活動がずいぶんと減っているのではないでしょうか。音楽会でも旅行でも何でも、たまには現実的な生活から一歩離れた共通の話題を持って、ときには一緒に出かけ、一緒に行動することが必要であろうと思います。


相手との違いを知る


この相手との共通点を見つけ出すことは、裏を返せば、その人と自分との違いを知ることでもあります。

社会は様々な考え方の人々が集まって、各々の人が違った目的や思いを持って生きています。ですから違いがあって当然なのです。そのお互いの違いを知って、より大きな視点からその人を認め、理解することによって、自分との共通したものが見えてきます。

特に人間関係で、「あの人とは肌が合わない」として、自分との違いが浮き彫りになっているような人に対してこそ、その違いを乗り越えて、共通点を探す努力が必要になろうかと思われます。共通の話題や同じ行動をすることによって、それまでのよそよそしさや、ぎすぎすした人間関係はぐっと変わってくるはずです。


啐啄の機で呼吸を合わせる


ひな鳥が生まれるとき,ひな鳥がくちばしで内側から殻をつつく事を「啐(そつ)」と言います。また親鳥がこれに合わせて外側から殻をつつく事を「啄(たく)」と言います。

このひな鳥の「啐」と親鳥の「啄」が一致し、一体となったとき,はじめてひな鳥が殻を破って生まれてきます。このように、両者の呼吸のぴったり合ったタイミングを、「啐啄の機」と言いますが、これは仏果円悟の碧巌録にある言葉です。

せっかく、ひな鳥が殻を内側からたたいているのに,親鳥がしらん顔していたり,反対に親鳥があせって外側から「早く出て来い」とつついてもみても,ひな鳥の方にその体勢ができていなければ、新しい生命の誕生はありません。


特に子供や部下の教育指導などについては,このように指導する者と指導される者との呼吸がピタリと一致しないと本当の教育はできないのです。

会社などの組織にあっても、上司は仕事の意義や目標、条件などを部下に明確に伝え,部下にやる気を持ってもらうことが必要です。部下の仕事の進行状況を常に把握して、タイミングのよい助言と援助を与えることが必要となります。

部下も同時に、仕事の達成を自己の向上に結びつけ、やる気と情熱を持って仕事に取り組む姿勢が必要になってきます。この両者の姿勢と呼吸が一致し、一体になったときはじめて、仕事がうまく進み、また部下も育っていきます。

上司としては、会社の一員として部下と接するのではなく、相手を一人の人間として認め、その成長を願い、指導していくという態度が最も大切です。もちろんそれ以上に望まれることは、上司自身が自分の人間的魅力の向上を常に図っていく努力が求められます。


この「啐啄の機」は、子供や部下の指導など教育に関してだけでなく,夫婦関係や他の人との人間関係などあらゆることについて、とても大切なことです。自分だけの考え方でものごとを一方的に押し進めても決してうまくはいきません。相手の考え方や動きなどをよく理解して、それに応じたフレキシブルな対応が必要になってきます。そうしてこそ,創造的な快適な人間関係を築くことができます。

図表1に、よい人間関係構築のポイントを示します。


図表1 よい人間関係構築のポイント


1.  目的を明確にしてお互いの認識を一致させる

2.  相手との違いを知り理解する

3.  相手との共通点を探す

4.  相手と同じことをする

5.  相手の動きをよく把握して、タイミングを合わせる




ビジネス発想術 第50回

「古典に学ぶ処世訓」 ~菜根譚に学ぶ(1)~

<ビジネスサポート誌の平成14年12月号に掲載>


飯田清人


明代(17世紀の初め頃)の万暦年間に洪自誠という人によって書かれた人生書に菜根譚があります。それは前集222条と後集135条からなっており、儒教、仏教および道教の知恵を融合した人生を如何に生き抜くかを示した処世訓です。

前集の主題は、如何にして心豊かに人生を生きるべきかであり、現実を見つめ如何に上手に社会的な出来事に対応するかについての具体的な人生の処世術が示されています。

また後集の主題は、俗世を超越した安心な境地や人生の悟りの心境を求めるものであり、世の中を一歩退いてながめ、自然と調和したあくせくしない心の持ち方を説いています。

筆者はこの書をいつも座右に置き、自分の生き方の指針として活用しています。ここではそれらの中からいくつかを引用して参考にしようと思います。表現などは今井宇三郎訳注の岩波文庫本から引用しました。


菜根譚という表題は、「人、常に菜根をかみ得ば、すなはち百事なすべし」という宋代の儒者、汪信民の言葉から引用したものです。普通は食べないで捨ててしまうような筋の多い野菜の根を食べたことのある、人生に苦労してきた人には本当の人生の真理がわかります。そういう人なら自分でやろうと思うことは何でもできますよということです。

作者の洪自誠の略歴は不明な点が多いのですが、当時の中国の知識人として生き、自分の人生の節目、節目において様々な見方、考え方を学び、儒教、仏教および道教の3つの思想に精通した人であったようです。


この3つの思想にはそれぞれの主張があります。儒教の立場としては中庸の考えに基づく仁の心であり、仏教の立場としては心の救済をめざす悟りの境地であり、そして道教の立場としては人生をのんびり自足する無為自然の心の持ち方がそのテーマです。

ビジネス社会での活動を含めて、人生の様々な場面で、これらの思想を織り交ぜて考えることによって、より本質に近い本当の人生や人間関係の真理が見えてくるように思われます。人生に苦労した人が説いた教えには、変化の激しい現代に生きる私たちにも参考になることが多くあります。菜根譚から多くの処世訓を学びたいと思います。


一歩を譲るは前進である


菜根譚の前集、17条には表1に示した含蓄のある言葉があります。この要約は、人に一歩を譲って人を立てることが世渡りのために大切なことである。それが結局は自分が一歩を前進することになる。思いやりを持って人に道を譲り、人が喜ぶことをするのはよいことである。人のためになることをすると、最後にはそれが必ず自分に戻ってきますよ、ということです。


一歩退いてこそ前進があるという言葉は、まさに逆転の発想でものごとを考えることの大切さを言っています。同じような言葉に、「人よく止まりて、退くをもって茂るとなす」という言葉がありますが、退くとは人に譲ることであり、またそれを機に自分自身を謙虚に反省してみることです。

一歩退くことによって、一歩高い見地からものをみることができます。客観的にものが見えるのです。それこそが次の繁栄のための基礎となります。時には立ち止まって、自分を反省してこそ先が見えてくるのです。

また人に思いやりをかけ、人のために何かをすると、必ずそれが何かの形で自分に戻って来ると言っています。


菜根譚の前集、13条には、「経路せまき処は、一歩を留めて人の行くに与え、滋味の濃(こま)やかなるものは、三分を減じて人のたしなむに譲る。これは是れ世を渉る一の極安楽の法なり」とあります。

狭い道で人に出会った時には人を先に行かせてあげる。美味しいものは自分の分を三分くらい減らして人に分けてあげる。相手のことを思いやり、譲り合う気持ちが豊かな人生の秘訣であると言っています。これはお互いが敬い合い、恵み合う心であり、お互いに与え合うことによって、心の通ったよい人間関係が生まれてくるわけです。


利行は一法なり(道元)


表1に示した前集、17条では、「人を利するは実に己を利するの根基なり。」とありますが、人の利益になることをしていると、それが必ず何かの形で自分に戻って来るというのが私たち人間社会の真理です。

一般に私たちは、自分より先に人に利益を与えることは、結局は自分が損をすることだ、と思うことが多いのですが、本当の真理はその逆であり、人のためになることをするのは、自分が損をしたように見えても、それがいつかは必ず自分に戻って来て、結局は自分が利益を得ることになるのです。


このことを日本の曹洞宗の開祖である道元は、正法眼蔵の四摂法の巻で次のように言っています。「愚人思わくは、利他を先とせば自らが利、省かれぬべしと、しかにはあらざるなり、利行は一法なり。あまねく自他を利するなり」と。

また心理学ではこれと同じことをリシプロシティー(互恵性の心理)といいますが、これはお互いが敬い合い、恵み合う心です。実はこの相手の立場でものごと考える逆さ発想こそが良好な豊かな人間関係を築くための最大の秘訣なのです。

ビジネスにおいてもこういった視点が必要です。つまり顧客の立場に立ってものを考え、顧客の本当に望むこと喜ぶことをして、顧客に利益を与えることが自分のビジネスを発展させ成功に導くということです。


自分より人を立てる


論語の雍也編に、「仁者は己立たんと欲して人を立て、己達せんと欲して人を達す」という言葉があります。これは自分が何かの目的を達成させようとしていても、相手が同じ思いで頑張っていたら、相手に先にその目的を達成させるように支援してあげようということです。

同じように仏教の菩薩の誓願には、「自未得度先度他」という言葉がありますが、つまり自分が得度して彼岸に到達する前に、人を先に渡してあげようということであり、この論語とまったく同じことを言っています。


こういった考え方は現代のような経済優先の考え方や組織の中での厳しい競争の中にあっては、なかなか難しいことかも知れません。企業間の開発競争や販売競争にしても、組織内での昇進競争にしても、負ければ自分が落伍者になってしまうといった社会にあっては、それは「理想だよ。」という言葉で片づけられてしまうかも知れません。

しかしこういったものの考え方こそが、今の私たちに最も必要なことではないでしょうか。それは自分中心ではなく、相手中心つまり顧客中心の世界観だからです。私たちは人と共に社会に生きています。人がいてこそ自分が生かされます。相手に感謝して、相手を思いやる心が結局は自分を高めるのです。


ではどのようにすればこのような考え方に徹することができるでしょうか。それは自分自身に備わった無限の力を信ずることが出来るかどうかという一点に尽きます。つまり自分に自信を持ち、長期的な視野に立って、肯定的にものごとを考えることが出来れば、自分よりも先に相手を立てることができるのです。

自分優先にものごとを考える人は、自分自身に自信が持てない人です。自分の将来がどうなるか解らないから、とにかく人よりも一歩も二歩も前に進まないと不安でしかたがないのです。ですから相手を蹴落としてでも先に行こうとするわけです。


しかし人を立てることが出来る人には心に余裕があります。自分の持っている潜在的な能力を全面的に信頼し、常に自己を向上させ、高める努力をしていますから、成功するチャンスはいくらでもあると考えています。少しくらいの失敗や遅れがあっても、それを踏み台にして新しい発想で飛躍する意欲があるわけです。そのような人は仕事においても人生においても、最後には必ず勝利者になることが出来るはずです。


表1 菜根譚に学ぶ処世訓

「世に処するに一歩を譲るを高しとなす、歩を退くるは則ち歩を進むるの張本なり。人を待つに一分を寛くするはこれ福なり。人を利するは実に己を利するの根基なり。」 (菜根譚前集17条)





ビジネス発想術 第68回

「プロの専門能力を磨く(6)」 ~集中すれば感覚が鋭くなる~

<ビジネスサポート誌の平成16年6月号に掲載>


飯田清人


緊張とリラックスの間に集中がある

前号で述べたように、プロの専門能力を磨くためには、集中してものごとに取り組み、仕事の効率を上げることが必要になります。ここでは集中についてもう少し深く考えてみましょう。

単に意識を集中すると言っても二つの集中状態があります。一つはスポーツを夢中でやっている時などの興奮状態のときの集中であり、もう一つは座禅を組んだり、落ち着いてリラックスしているときなどの瞑想状態での集中です。


大脳生理学的には、前者は肉体が活動している緊張状態であり、ノルアドレナリンが分泌され脳波としてはベーター波が出ているといわれています。また後者の場合には筋肉は弛緩状態にあり、脳波はやや波長の長いアルファー波が出ています。

緊張し過ぎてもリラックスし過ぎてもものごとに集中することはできません。緊張の中にリラックスがあり、反対にリラックスの中に緊張があるといった状態のときにこそ、ものごとに深く集中ができるようです。緊張とリラックスとが隣合わせにあり、その間に集中があるということなのでしょう。


陸上のフィールド競技や体操選手などは試技を始める直前に、深い呼吸をして心を落ち着かせ、意識を集中してから本番に臨みます。たとえばオリンピックの走り幅跳びで4回連続の金メダルを獲得したカール・ルイス選手は、走り始める直前に何やら唱えながら一点をじっと見つめて意識を集中させ、すばらしい跳躍をしました。プロ野球、巨人軍の桑田真澄投手も必ず一球毎に何やら唱えながらボールをじっと見つめ、一球に心を集中させて投球します。


相撲や短距離走のような瞬発力の発揮は、極度の一点集中であり、短期的な深い集中によって自分の持てる能力を最大限に発揮しようとしているわけです。スポーツ選手には彼らなりの集中力を高めるためのやり方があるようです。競技実行の直前に心を落ち着かせ気持ちを集中させると共に、何かを唱えることによってイメージによる暗示効果も同時に狙っています。


集中力を維持する


一方、囲碁とか将棋の棋士やオーケストラの楽団員などは、かなりの長時間を緊張し続けています。しかし彼らの場合も必ずしもその間、連続してずっと集中しつづけているというわけではありません。その活動の合間、合間には気を抜く時間を上手にとっており、集中すべきときとリラックスしてもよいときを上手に使い分けています。

ですから長時間の対局や演奏での緊張を維持できるわけですが、そういった意味では、彼らの場合も、集中すべき時にはかなり深い集中をしていると言ってもよいと思われます。


カクテル・パーティー現象


心理学にカクテル・パーティー現象と呼ばれる生理的現象があります。これは耳に同時に入ってくる複数の音の刺激の中から、自分の聞きたい音だけを選んで聞き分ける選別能力を言います。

カクテル・パーティーでは大勢の人たちが自分勝手に話をしてガヤガヤしています。そんな時にたとえば少し遠くにいる人の悪い噂話を、彼には聞こえないだろうと思ってコソコソと誰かと話していると、その当人にはそれがちゃんと聞こえており、話が筒抜けになっていることがあります。

つまり私たちは、意識をあることに集中すると自分に興味のない音は無意識的にシャットアウトして、興味のある音のみを聞き分けることができるのです。これがカクテル・パーティー現象と言われるゆえんです。


脳細胞が自分の意識している対象にのみに集中して働き、その対象以外の音は、たとえ耳に音として入って来ていても脳はそれを認識しないわけです。

中国の大学という書物に、「心ここにあらざれば、視れども見えず、聴けども聞こえず、食えどもその味わいを知らず。」という言葉がありますが、つまり見たい、聞きたい、味わいたいと思わなければ感覚として認識されず、自分の欲しい情報が得られないということです。これは私たちの身体の感覚機能と心の意識とが連動して働いている証拠です。


集中して目標を達成させる


こういった意識による選択的な脳の働きは、願望や目標の達成に大きく関係しています。願望や目標を明確に持って意識をその事に集中し、達成した時のイメージを強く心に描いてものごとを実行すると、脳細胞や身体全体の細胞がその目標に向けて有機的に活動を始めるのです。

明確な願望の心は自分の感覚を鋭くします。イメージが潜在意識を刺激し、その目標達成のための有益な情報を送り出します。五感もその他の身体の各部分も通常以上の驚くほどの力を発揮することになります。


貧しい少年がお金が欲しいと常日頃から思っていると、コンクリートの上に落ちている同じような色をした50円玉硬貨を素早く見つけるという話があります。少年の思いが目の感覚を鋭くし、身体全体が50円玉硬貨を見つけることに集中するわけです。

通常の人が見過ごすような状況の中でも貧しい少年にとっては、その50円玉硬貨はピンポン玉にもテニスボールの大きさにも見え、その存在を感ずることができるというわけです。

以前、弓道大会で優勝した選手が「今日は標的が大きく見えたんです」と語っていたのを聞いたことがあります。またゴルフのホールが大きく見え、パッテイングで入らない気がしなかったというプロゴルファーの話もあります。これらは意識をそのことに集中させたことによる勝利です。


成功のイメージを持つ


私たちは必要と思わない物は決して手には入りません。50円玉を必要としないゆとりのある人には50円玉は決して見つからないでしょう。反対に目標を明確に持って強く願望し、自分には必ず出来るという前向きの信念を持って集中して実行すれば、必ずいつかはそれが実現すると思って間違いはありません。

最近の大脳生理学でも、脳は実際に経験した事と頭で想像した事とを区別出来ないとしています。つまり私たちの脳はイメージとして想像した事を実際に経験した事と同じように認識して処理するということです。


成功のイメージを描けば脳から身体の各部分にそのように指令が出され、その反対に失敗のイメージを描けばまたそのように脳から指令が行きます。

たとえわずか一度きりの成功体験であっても、もしその成功したことを100回、心の中でイメージとして繰り返し描けば、私たちの脳は実際にそのことを100回成功したと同じように反応するということです。

反対に一度の失敗であっても、それについていつまでも悩み落胆し続けたとすれば、脳は実際に100回の失敗をしたのと同じように反応してしまいます。ですから失敗したイメージはきれいさっぱり、早く忘れてしまうほうがよいのです。

スポーツ選手の多くが常日頃からイメージ・トレーニングをしており、成功のイメージを心に描いて本番の試合に臨んでいます。例えば野球の選手の場合には、ホームランを打つスイングのイメージを繰り返し強く脳に植え付け、身体が自然にそのように動くようにしています。


このことは別にスポーツだけに限らず、およそ脳が関与するすべてのことに通ずるものです。

強い意志と願望を持ってイメージすれば、私たちは自分が思ったような人間になっていきます。成功した良いイメージやうまくできたときのイメージを脳に植え付けることによって、成功がますます自分に近づいて来るというわけです。意識の集中についてのポイントを表1に示します。


表1 意識の集中についてのポイント


1.緊張とリラックスの間に集中がある

2.身体の感覚機能と心の意識とは連動して働いている

3.意識を集中すれば感覚が鋭くなる

4.強い意志と成功イメージを持って実行すれば願望達成や目標達成が近づいてくる